ものしり研究室

建築学科棟5502号室、ものしり建築研究室です。建築業界や建築家、建築学生の動向を関西の建築系大学院生が自分なりにまとめてます。→社会人になりました。

建築保存活動は建築の学者や学生の議論を超えて「政治的」で「経済的」な視点をもつべき

最近、建築学生の活動のなかで非常に興味深い話題を見つけました。出雲大社庁の舎の保存活動が盛り上がりを見せているという話です。そこから少し持論を記します。

j-town.net

「庁の舎」は1963年に作られた建物で、後に大阪万博のエキスポタワー、沖縄海洋博のアクアポリスなどを設計する菊竹清訓氏によるものだ。元の庁の舎が1953年に焼失したため、防火性能が高く、災害にも強い鉄筋コンクリート構造になっている。歴史の深い出雲大社という場所で、コンクリートという現代的な素材を使い、調和させたことで人気が高かった。

 数週間前からではありますが、早稲田大学の有志メンバーが菊竹清訓設計の「庁の舎」の保存活動をしています。しかしながら、本当に保存されるかは現在でも未定事項です。保存活動が非常に大きな盛り上がりになることは建築学生として喜ばしいことであります。

 

しかし私が問題視したいのは、出雲大社庁の舎の保存活動は、建築の学者や学生の議論を超えて「政治的」で「経済的」な視点をもつべきという視点です。建築学生やそれに賛同した学者のみが声をあげるのではなくて、もっと違う角度、むしろ多方面から声をあげさせるべきではないかと思うのです。

 

もちろん、「この建築は歴史的価値があり重要であるがために残されるべき」という声をあげる第一歩は、建築家や日本建築学会などの役割であることは確かですが、そこから外部の業界に波及する(政治的に経済的な)手法を業界全体で共有しないといけないと思います。日本建築学会の会員3万5千人や建築学生の力だけではやはり限界があるように思うのです。

 

そこで、ここに建築の保存活動を「政治的な」「経済的な」ロジックへと変換させた一例を紹介します。しかしながら、これから紹介するのは成功例ではありません。とはいっても、建築保存の本質を探るために大変重要な例ですので紹介します。

 

大阪府東大阪市旭町庁舎

大阪府東大阪市にある旭町庁舎(旧枚岡市庁舎)は、坂倉準三事務所にいた東孝光設計の庁舎建築です。東大阪市へと合併する前の、旧枚岡市の市役所として1964年に建設されました。日本の伝統建築に見られる意匠をつかい、モダニズム建築と日本建築の意匠融合を目指した戦後期を象徴する美しい建築です。「関西のモダニズム建築20選」に選ばれ、歴史的に価値がある建築ですが、市は計画通り新庁舎を建設するとしています。詳しくはこちらを見てください。

 

www.change.org

 

さて、ここで関西建築保存活用サミットが、2015年に東大阪市長選挙の立候補者に対して宛てた嘆願書のなかに、このような記述があります。

こちら - 関西建築保存活用サミット kanken-summit.net

■質問3 より適切な耐震改修の計画実施により、「東大阪市旭町庁舎」の固有の文化的価値 を損なうことなく、原稿の建替え事業計画よりもはるかに少ない費用で、必要な耐震性 能の確保と長寿命化は達成可能です。この利活用設計に優れた建築構造学識経験 者らに依る耐震改修提案をする用意があります。このような提案の対応についてどの ようにお考えでしょうか。

(回答) 本市の多くの公共施設が、必要な耐震性の確保と長寿命化が求められています。 しかし、同時に、その耐震化は、解体・建替えよりも費用が少なく、旭町庁舎のような建 築物の場合、その歴史的文化的価値を損なうことなく行われることなどが求められます その点で、貴団体のご提案は誠に心強くありがたいと思います。

 

一般的に市役所などの公共建築の場合なら「建築的保存価値が高い=改修保存するべき」という建築業界だけにしか通じない理屈だけでは合意を得るのは難しいものです。しかしこのように、うまく政治的なロジックへと変換させることによって、「市役所の新設予算の削減のため=改修保存するべき」という方向で市民の合意を得ようとする方法もあるのです。

 

つまりここで主張したいのは、出雲大社庁の舎の場合も、「建築的保存価値が高い=改修保存するべき」という建築を知っている人にしか通じない理屈を「政治的に」もしくは「経済的に」変換させる必要があるのです。今回の場合は公共建築と違い、宗教法人の所有物となるため説得が難しいうえに、設計当初から雨漏りが激しいとの報告もあるので、さらにハードルは上がりますが…。

 

もう一例紹介します。 

●塩屋ジョネス邸

www.sankei.com

 

実際に保存価値や景観形成の意義が高い洋館建築の解体にともなう、民間企業の開発を阻止しようとした例があります。これは兵庫県神戸市須磨区にある塩屋と呼ばれる地域の洋館保存活動の例です。この街は神戸から続く海に面した風光明媚な地域で、洋館を取り壊し中層のマンション開発が行われることを阻止しようと住民が立ち上がりました。

 

署名活動のみでは解体の多少の延期や活動の周知は可能かもしれませんが、解体阻止をする強制的な拘束力をそもそも持たないことが一般的です。そこで、塩屋ジョネス邸解体危機の場合は、市民による出資の合同会社を立ち上げ、実際に土地取得の3億6000万円を目標として寄付を募りました。(実際には5000万円しか集まらず解体されています)

 

つまりこの例では、ジョネス邸所有者の開発業者に対して、「経済的な利益」を突きつけることによって解体阻止を迫った例です。結果的にこのジョネス邸は解体されてしまう結果に終わりましたが、企業が経済の論理だけで動くのは当然なので、そこに建築学の美学を訴えてもまるで通用しません。「目には目を」とはよく言ったものですが、解体阻止を迫る方法として、実際に土地取得の資金を集めようとしたのは、実に効果的な方法ではあると思います。

このように、「建築的保存価値が高い=改修保存するべき」という建築業界だけにしか通じない理屈だけではなく、うまく経済的なロジックへと変換させるための実行が必要となります。

 

以上記したように、建築保存と一口にいっても、「政治的」「経済的」なロジックに変換させることが重要で、さらに相手が行政なのか開発業者なのかによって「護る側」の対応や実行が変わっていることを紹介しました。

 

今後、出雲大社庁の舎がどのような保存活動に発展していくか、建築学生としては非常に興味深い話題です。今後もこの話題は追って記したいと思います。