ものしり研究室

建築学科棟5502号室、ものしり建築研究室です。建築業界や建築家、建築学生の動向を関西の建築系大学院生が自分なりにまとめてます。→社会人になりました。

おっさん臭いけど『中央公論』や新書は建築学生の思考の種になるという話。

おっさん臭いけど『中央公論』や新書は建築学生の思考の種になる。

建築学生といえば一般的にどんな書籍を読んでいるでしょうか。意匠系建築学生だとよく見られるのは、実務書以外に建築雑誌や建築家の出版した書籍などを読む姿です。

主に月刊誌でありますが新しく竣工した建築が毎月紹介されたり、建築家が自身の作品や持論を紹介する書籍が出版されたり、学術でいえば日本建築学会の学会誌など、その領域の幅は非常に広いものです。 


近年ではLIXIL出版から建築系WEBサイト『10+1』が電子テキスト化されているので、通学中にスマートフォンを通して気軽に建築学に触れることも可能になってきました。

また、TwitterFacebookなどのSNSの普及によって、建築家や先生が「今感じたこと」についてより迅速にアクセス可能になっています。
また、建築学生も「今感じたこと」を共有するようになり、卒業設計展覧会ではリアルタイムに講評の様子が実況がされるようになるなど、建築を巡るメディアのあり方が大きく変化してきました。この状況は建築に限りうる話ではもちろんありません。

しかしながら、これだけ沢山の情報に迅速にアクセスできる時代だからこそ、忘れてはいけない視点があるように思います。それは、「日本でおきている社会問題について建築家がどのように関わっているか」もしくは「どのような見方をしているか」を俯瞰する視点だと思います。

2011年に起きた東日本大震災以降の建築家の活動について非常に勉強になった展覧会がありました。それは「3.11以後の建築展」です。キュレーターは建築史家の五十嵐太郎氏と「コミュニティデザイン」で知られる山崎亮氏です。

詳しい内容は書籍化もされていますので、ぜひご覧になってください。

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この展覧会で感じることのひとつに、3.11以降の建築家の活動は、これまでの90年代やゼロ年代の挑戦的な作品表現をする建築家とは若干スタンスを変え、非常に社会に対して身近に寄り添った存在になってきているということです。 それだけ、東日本大震災が一般社会に限らず建築家に心理的な強い影響を与えたことが分かります。

建築学生の間でも卒業設計の展覧会を通して同じような現象が起きていることが確認できます。例えば、2010年頃までの「せんだいデザインリーグ」の冊子を読んでいみると、最近の卒業設計とはまるで違う作品の雰囲気が漂っています。

 

ここでは作品に具体的に言及することは避けますが、東日本大震災以降はいわゆる「私性か社会性か」の議論の中では、圧倒的に「社会性」のある社会問題に寄り添った卒業設計のテーマが増えてきたのは確かです。建築学生も震災を通して大きな心理的影響をうけているのです。 


それ以前は「こたつ問題」を引き起こす要因があったように、リアリティよりも想像性を意識する空気が建築学生の間にも流れていたように思います。最近のような「提案」というよりかは、この頃は「作品」をつくっているという意識がありました。

実は3.11の震災を通して、建築家や建築学生が、社会との協調や対話を強く意識しはじめたというのが、私の感覚的にみた傾向です。
その視点でみるとき、やはり建築家が「社会の何をみているのか」を知っておかなければならないと思います。

つまり、近年の建築家の活動を正しく理解するためには、建築学の閉じた議論だけではなく、広く一般化された社会問題を把握している必要があると感じました。では、それを知るためには何を学べばよいのでしょうか。


たまには建築以外の分野の本も読んでみる

まず簡単にできることは新聞を読むということだと思いますが、個人的にはそこから一歩踏み込んで『中央公論』や新書を読むようにしています。 このような書籍は、広く一般化された社会問題を知るために非常に便利だと感じています。

というのも、私は建築学生ですので、同じ建築学生よく議論をすることがあるのですが、建築家について死ぬほど詳しい学生には出会ってきましたが、「地方消滅」というフレーズや、最近良く聞く「CCRC」という言葉に反応できる建築学生が少ないように感じました。

このようなフレーズは新聞や『中央公論』を日常的にお読みの方なら、わりと理解していただけると思います。
「地方消滅」というのは『中央公論』や日本創生会議のなかで増田レポートとして2014年の夏ごろから散々議論されてきた、若年女性人口の減少問題と地方の894市町村の消滅危機のことです。

また、「CCRC」とは東京でまもなく発生する団塊の世代の医療・介護施設不足である「2025年問題」の対策として、リタイア後の健全な医療介護ケアを包括的に行う高齢者の生活共同体のことを示します。これは建築メディア『10+1』にも"当たり前"のように出てくる議論です。

10+1 web site|日本版CCRCの要点──その背景と取り組み|テンプラスワン・ウェブサイト


このような社会問題を把握すると、近年の建築家の活動や視点が非常に分かりやすくクリアに見えてくるのです。社会問題を把握することによって、建築家がなぜその活動をしているのかが分かるようになります。

具体例でいえば、「3.11以後の建築展」で紹介されたBUSアーキテクツやNPO法人グリーンバレーによる徳島神山町での活動などは、『中央公論』で巻き起こった「地方消滅」の議論以後、提案が広く一般の方々に認知され、いまや日本中の注目を集めています。最近では「消費者庁の移転」の実験も行われるほどです。

engawa-office.com

地方の人口減少や限界集落などの問題を悲観的ではなく肯定的にとらえながら、「サテライトオフィス」と称したIT企業特化のオフィスを誘致し地方移住を促進させた例です。非常に有名な例ですので、ここに詳しく記す必要はないかと思います。

しかし残念なことに、人口減少や限界集落という言葉を知っていても、その社会問題の深刻さを把握していないと、「美しい古民家の改修例」として学生の理解が流されてしまいます。 実際にそのように理解していた建築学生が存在していました…。
以前、記事にも書きましたが「幼稚園落ちた日本死ね!!!」を他人事だと思っている建築学生もいます。ここにも書きますが大切なのは社会問題を設計者の自分事のように考える自己批判姿勢です。

中央公論』やその議論をもとにした新書などは、それを他人事と思いこまないためのキッカケを必ず建築学生に与えてくれます。 さすがに建築雑誌のように定期購読するのはしんどいですが、図書館にいけば必ずあるので、ぜひ目を通してみることをおすすめします。

最近だと、昨年のせんだいデザインリーグ卒業設計日本一決定戦、SDL2015(2015年の3月に開催)で10選ファイナルとなった「匿名都市」の「ハイパーコンビニ案」は、『中央公論』2015年11月号の特集にあった「コンビニ依存社会ニッポン」の特集にある議論や観点とリンクしていて、読みながら驚いた記憶があります。

本当にいろんな発見があると思いますので、ぜひ建築以外の雑誌や書籍にも目を通してみてください。 そしてそれを「建築で問題解決可能か」という視点で、自分事のように見る癖をつけるといいと思います。

【時事】「保育園落ちた日本死ね!!!」を建築学生は他人事として考えてはいませんか? - ものしり建築研究室